ドメイン
沸騰甲子園 !! 2007年08月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | comment (-) | trackback (-) | edit | page top↑

第52回全国高校軟式野球選手権大会~初出場新見優勝!~

【決勝戦】
新見3-0富山商

第52回全国高校軟式野球選手権最終日は本日29日、
兵庫県明石市の明石公園野球場で決勝を行い、
初出場の新見(東中国・岡山)が3-0で富山商(北信越・富山)を破り、初優勝しました。
一方、富山商は残念ながら14年ぶりの優勝を逃してしまいました。
初出場での大会制覇は三重農(大分)以来で32年ぶりとのことですが、このような偉業を達成したこと、心より祝福したいと思います。

岡山県の新見市がいったいどこに位置するのか調べてみました。
幼少時代、「鉄っちゃん(鉄道マニア)」だった私は、おぼろげながら「新見」という地名は知っていたものの、調べてみるとなかなかおもしろい発見に遭遇できました。

県庁所在地である岡山から列車だと特急で1時間ちょっと。
岡山県西北部、中国山地を背に高梁川の上流に位置し、
石灰岩などの水に溶解しやすい岩石で構成された大地が雨水などによって溶食されてできたカルスト地形によるいくつかの鍾乳洞を有している街だそうで、市内の大半が標高400~600mのカルスト台地上に位置し、わずかな平地に市街中心部があるそうです。
広島県と鳥取県との県境にもほど近く、JRの新見駅はJR伯備線、芸備線、姫新線の分岐点ということからも、かつてはそれぞれの地域から集まる重要地でもあったのかも知れませんね。

昨日、新見高校のホームページを拝見してみたところ、どうやら硬式野球部はない模様。
しかし、驚いたのは、今年のインターハイ男子ソフトボールにおいて全国優勝を成し遂げているということで、今回の軟式野球とともに、全国大会レベルでの優勝を実現してしまった運動部が2つも存在するという快挙!
こういう偉業は学校のみならず、おらが街の誇りとして芽生えていくことにも繋がっていくような気がします。
ぜひ街を挙げて、この快挙を祝福してあげてほしいものです。

今回の軟式、ソフトボールの優勝で、「硬式野球部誕生!」なんて声も挙がってくるんでしょうね。
なんでもかんでも硬式にすればいいというわけでもないですし、軟式だろうとソフトボールだろうと、それぞれが高い目標を掲げて、目標の実現に邁進することが、高校生活という貴重な青春時代を謳歌する一番大切なこととつくづく感じる次第です。

何はともあれ新見高校、本当におめでとう!!

スポンサーサイト
18:00 | 高校野球 | comments (0) | trackbacks (2) | edit | page top↑

第52回全国高等学校軟式選手権大会開催中!!

夏の全国高校野球選手権大会の閉幕直後、
ひっそりと軟式の全国大会が兵庫県は明石公園野球場と高砂市野球場にて開催されております。

詳細はこちら。

当然のことながら、「硬式」野球が全盛ではありますが、
硬式引退後の草野球など、私のような素人レベルにしてみますと、
案外、「軟式」の方が身近だったりします。
毎年、コメントしているのですが、もっともっとメジャーになったり、大会規模を拡大しても良いと思うのですが・・・
大会も今年で52回目ということで、歴史もある大会です。

出場校を見ていただくとおわかりになるかと思うのですが、
硬式でも強豪校として名を馳せている学校も多々あります。
なかには硬式を断念して軟式で全国大会という舞台を夢見て野球を続けてきた子もいると聞きます。

硬式との注目度の差は歴然としていますが、同じ高校生が一生懸命プレイする姿、
ぜひとも応援していきたいですね。
08:39 | 高校野球 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

夏の甲子園~今大会を振り返って~

非常に喜ばしいことに、結局、佐賀北が優勝しちゃいました。

マスコミの報道でも触れてましたが、
今年の高校野球は春先に起こった私学を中心とした「特待生制度問題」が話題になったなか、
佐賀北という公立校の優勝という結末は、そもそも高校野球がどうあるべきか?という本質を私たちに提言してくれた結果のように思います。

でも、はっきり言って佐賀北は強かった。
私が強いかも・・・と思った瞬間は2回戦の宇治山田商戦でした。
再試合前の試合の終盤にマウンドに上がったプロ注目の右の本格派、宇治山田商エース中井君に対して、
まったくひるむことなく、鋭い打球を飛ばして追い付き、守りも粘って粘って再試合まで持ち込んだ。

彼らは開幕試合というちょっと異様な雰囲気のなかで飲まれることなく、福井商との戦いを制し、2回戦では春の東海大会の覇者・宇治山田商に再試合にも制してしまう。

このあたりで甲子園での戦い方を習得できるようになったと思うのです。
そして、彼らの「無欲」という強みが、その後の前橋商、帝京、長崎日大戦撃破に繋がっていったのです。

これらは全て結果論と言われてしまうかもしれませんが、
とにかく見ていて、このチームが強いと思い出したのは事実です。

彼らは常に必死にプレイしていたからでしょう、みな冷静でした。
この冷静さこそ、雰囲気に飲まれる甲子園で重要な要素。
これをどのようにしてコントロールされたのか、百崎監督の手腕にも興味は深まりました。

一方、あと一歩で初めての夏の優勝を取りこぼした広陵
勝負は紙一重でした。

ただ、ひとつ残念だったのは中井監督の審判の微妙な判定に対してのクレーム。
熱血漢である中井監督は、個人的に好きな監督さんであるだけに残念でした。

物事に「たら、れば」は付き物ですが、監督自らがヒール役となって、選手の気持ちを代弁するのはかっこいいかもしれませんが、
それは逆に言えば、「準優勝」を称えることを忘れ、「準優勝」を否定しているように思えてなりません。
決勝戦前は、自分たちばかりか誰もが「広陵有利」であることをわかっていた。
だからこそ、この敗戦を認めたくない、こんなチームに負けるために練習してきたわけではないという思いが監督のクレームに繋がってしまったのだとしたら、少し淋しい気もします。
素直に勝者を称える気持ちを持てるようになると、広陵はもっともっと強いチームになると思います。
なぜなら同様に広陵に敗れて悔しい思いをしていった学校はたくさんあるのですから。
どんなに悔しくとも敗者は勝者を称えてほしい。

途中で敗退した各校もそれなりに実力あるチームがありました。

今治西、帝京・・・

今治西エース熊代君の3回戦・文星芸大付戦9回の勝ち越しホームラン。
見ていた私は鳥肌が立ちました。
彼の野球センスの素晴らしさに惚れ直しました。

佐賀北戦の敗退がなければ、帝京がガチガチの本命だったでしょうね。
選手ひとりひとりの野球センスはピカイチ。
でも、エリート集団だけに、基本的なチームワークの良さを感じられなかった。
つまり、これが勝ち上がれなかった一番の要因かなあと。
それに春、あれだけの活躍をした大田君が絶不調のまま、夏を終えてしまったこと。
彼に何があったのか、気になります。

一方、正直、疑問符を投げかけたい学校の敗退もいくつかありました。
以下、毒舌コメントはお許しください。

松商学園、浦和学院、常総学院・・・

松商はあんなに不甲斐ない試合ぶりならば、正直、長野に甲子園に出てもらった方が話題的にもずっとよかった。

2年連続初戦敗退した浦和学院。
去年も感じたことですが、甲子園で勝とうという意識がまったく感じない試合運び。
結局、隣県の群馬・前橋商にコロッと負けてしまうわけですから、笑っちゃいました。
埼玉の各校は浦和学院を代表に送り続けていてはいけませんよ。

我が地元の常総学院も初戦の勝てる試合を何度も逃して敗退してしまいました。
そして、持丸監督の退任報道・・・
正直、持丸監督では甲子園では勝てないという定説が常套句になってます。でも実際そうなんです。
采配に毒がないというか、優しい野球なんですよね。
でも、後任が木内監督ですか!?
常総学院という学校が実は想像していた以上に「甲子園での勝利」に固執している学校だとは思ってもみませんでした。

優勝すべき学校の敗退により、思わぬ伏兵、佐賀北の優勝。
でも本当に良かった。
たまにはこういう学校が優勝しないと!

さて、一昨年の駒大苫小牧の2連覇達成の日からスタートした当ブログもこれで3シーズン目に突入ということとなります。
これまで、野球全般を思うがままに綴ってきましたが、今後はもう少し、
私自身が密かにテーマに据えていた「各地区の公立校の活動、活躍」に絞り込んでいきながら展開していこうと考える次第です。
各地区の公立校の活躍がいかにして、その地域の活性化に繋がっていくのか、高校野球の存在の根幹はそこにある気がするのです。

今大会の佐賀北の優勝は、地元の子たちが集まった学校が甲子園に行き、勝ち上がり、それを地元の人たちが毎試合熱く応援し、勝利の喜びを分かち合う。
実にわかりやすい図式でした。そしてそれにより、地域の活性化にもつながるということを実証してくれたように思うのです。
そして何より、公立校でもまだまだ勝ち上がれる可能性はあるんだと私なりに確信できたことも私自身の探求心を後押ししたように思います。
(大げさかな?)

さあ、新チーム、秋季大会はすでに始まりつつあります。
そんなわけで、今後とも「沸騰甲子園!!」をご愛顧ください。
20:13 | 高校野球 | comments (2) | trackbacks (1) | edit | page top↑

夏の高校野球~きた、きた、佐賀北!!~

私の女房の実家は福岡県久留米市長門石。
ここから500mも歩くと、お隣の佐賀県みやき町という、いわば県境に位置してます。
女房と出会う前から、常々「佐賀」というと笑ってしまう私でした。
そう・・・なぜなら「佐賀」をバカにしていたから!
佐賀県民の皆様、ごめんなさい!!
だから94年夏に佐賀商が甲子園で優勝しちゃった時も心のどこかでバカにしてました。
「何やってんだ樟南は!」「佐賀商のくせに!」と。

でも、女房と一緒になり、身近な所に「佐賀県」の存在が登場するようになると、佐賀をあざ笑うこともできず、むしろ、
「健太には久留米から鳥栖高校に進学させて、
甲子園目指すか!」

などと言ってしまう私。
そして、軽い気持ちのこの発言が女房の実家には波紋を生んでしまったことも。
「みなりん家の長男を勝手に預かるなんて、
そげなんこつは、みなりん家のご両親に示しがつかんやろが!!」(久留米弁)

などと。
軽い冗談で発言しただけなのに、大変なことになってしまい、後で「口は災いの元」と反省した。

そんなわけで「甲子園=佐賀代表」は近年、私にとって遠いようで近い身近な存在になったわけだが、今年の佐賀北には驚きました。

でもはっきり言って勢いだけではないんです。強いんです。冷静なんです。
福井商との開幕試合も例年の佐賀代表らしくない試合運び、宇治山田商との再試合しかり、帝京の延長に入ってからのバタバタぶりといい、最後の最後には相手が根負けしている。

とくに先発が背番号10で左の馬場君、そして試合終盤はエースナンバーの右の久保君。この二人の継投が徹底されている。
久保君は甲子園での連続無失点が29回2/3。予選からだと46回2/3。素晴らしい!
二人に共通していること。
二人ともマウンドではまったく表情を変えない。ニコリともしない。
これが強さのひとつだとも思う。
そして、このチームの最大の強みは「無欲」
相手がどこであれ、自分たちの野球を徹底している強さ。
それは自分たちは「強い」なんてことを決して思っていないチームだからこそ成せる大きな武器である。

先日、8/17(金)に四谷の野球居酒屋「あぶさん」のマスターと
「ここからは佐賀北が来るような気がするなあ」とお互い話していた意見の一致が現実になり、本当にびっくりしているのですが、
ここまできたら優勝しちゃってほしい。
公立校の決勝進出は松山商ー熊本工の決勝以来、11年ぶり。

今年は春先に私学の特待生問題などの話題があっただけに、ここはあえて公立校の優勝で、高校野球の原点回帰なるものを見たい気がします。
そして、やっぱり公立だってやれるんだよ!という公立としての誇りを。
とはいっても、ここまででも十分なまでに力を発揮していますけどね。
相手は強豪の広陵。当たって砕けろ!だ。

そしていつの日か、私も息子には
「進学先は鳥栖だけでなく、佐賀北もあるよ」
などと、アドバイスしてあげちゃうんだろうか!?
23:42 | 高校野球 | comments (4) | trackbacks (1) | edit | page top↑

高校時代の思い出

このような野球ブログを立ち上げている私ですが、
中学から大学まで、私、部活は「テニス部」でした。
高校時代は3年間、応援委員会(応援団ですね)との掛け持ちでした。
応援団というのも聞こえはかっこいいですが、要は応援委員会に入れば、夏の茨城予選は全試合、応援できるという・・・

テニスというと、皆さん、チャラチャラした軟派なスポーツとお考えの方もいらっしゃることでしょう。
たしかにそんな一面もある。
しかしながら、真剣にプレイすると、あれほどハードなスポーツもなかなかない。
特に、シングルスなどになると、エースショットを決めようが、ミスショットをしようが、
全てのプレイは自己責任で完結するスポーツでもあるため、
技術面もさることながら、精神的なタフさを要求されるスポーツです。

ある時期、私が「なんで高校入学後、野球部に入部しなかったのか?」を真剣に思い出そうとしたことがありました。
テニス部入部の理由のひとつは、「中学時代、野球をやってこなかったコンプレックス」、「プレイでミスしたら、自分で相当悩んでしまいそう。」という点だったと記憶してます。

それと、これはおふくろの証言なのですが、
「好きな野球が嫌いになってしまうからやらない」と言ってたと。
高校入学してから20年経った今、知った真実!!(本人忘れているため)

でもそんな高校のテニス部の仲間とは今だ付き合いの続く、腐れ縁というか、同じ青春時代を過ごしたかけがえのない友人たち。
私たちの代は、主将Yと副将Nが他のメンバーよりも実力的に抜きん出たプレイヤーで、茨城県大会でもベスト8に残るなど、それはそれは県北地区を代表する名プレイヤーでした。
そんな二人に引っ張られるかのように、私たちの代では、秋の新人戦、春の関東大会予選、夏のインターハイ予選と
団体戦では県北地区10校中、2位をキープし、県大会へ進出しておりました。
ちなみに県北地区の1位は多賀。3位に日立北といったランクが定番ではありましたが、群雄割拠の状態でした。
県大会ではだいたい10~12校の出場で、
県南地区の常総学院茗渓学園、水戸地区の水戸桜ノ牧
県西地区の下館工などがずば抜けており、
県北地区代表校は悔しい思いを続けてきたのでしたが、常に目標は「県大会出場」であったことを実現できたことはいい思い出といえるでしょう。

さて、前置きが長くなりましたが、そんな仲間たちとの再会の場、
「日立一高テニス部同窓会」が先日8/11(土)、我が地元、日立にて華々しく?開催されました。

お世話になった懐かしい恩師もお二方ご出席され、
私たちの学年が13名、ひとつ下の学年が4名、ふたつ下の学年が2名と参加。
二次会の終わり頃になってひとつ上の学年の先輩が2名と参加されました。

まあ当日の参加者の大多数が、うちの学年の参加がほとんどということで、後輩たちには肩身の狭い気遣いをさせてしまったなあという思いです・・・
うちの学年は結束力の強さといいますか、個性派揃いの集まりでしたので、それはそれは楽しい宴になりました。
昼間の15時から3次会の深夜3時まで飲む、飲む、飲む、騒ぐ、騒ぐ、騒ぐ・・・
宴は12時間も続いたのでした。

宴の後、なぜか私にしては珍しいくらい、「淋しさ」を感じました。
戻ることのできない高校時代を思ってか、約20年という年月が経ったことを憂いたのか、はたまた母校野球部の低迷ぶりを悲しんでのことか・・・

今回を機に、ぜひとも来年以降の定例開催を実現したいと思った次第です。

そんな私も今日8/16(木)、36歳になりました。

09:17 | 雑記 | comments (6) | trackbacks (0) | edit | page top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。